キリスト教 プロテスタント教会
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聖書は神さまのみことば

2010〜14年 Messages

年月日 聖書箇所
2014年11月16日 「新しく造られたもの」 井上央兄
(Uコリント4;7-11) 


 人は自分を問う時がある。信仰を告白したものでも、試練にあい、落ち込み、辛いと思う時がある。何でこんなことが起きる。それにもし自分は最悪の立場に立たされていなくても、自分でなければ他のだれかが立たされているかもしれない。神様はなぜ人をそんな立場に立たせられるのかと問う。信仰が試される時、大切な時。確かに地上に生きて、どうにもならない壁、限界に向き合う時はあるのでは。しかし、自分の限界を素直に認めるのはキリスト教の信仰のうち。そして、その結果、神さまを信じ、キリストにある救いを信じ、まだ見ぬものの約束を信じる。弱さを強さに変える。見えざるものを信じなければ、真の平安はない。そしてイエスを通してでなければ、見えざるものは信じられない。パウロは語った。「私たちは、絶えず死にさらされている。この身にイエスの命が現れるために」弱き土の器に宝をうけ、キリストと結ばれて人は新しく造られたものと。  「私たち生きている者は、イエスのために絶えず死に渡されていますが、それは、イエスのいのちが私たちの死ぬべき肉体において明らかに示されるめなのです。」(Uコリント4:11)

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